RM: Right People, Wrong Place

BTSのRMことキム・ナムジュン(김남준)のドキュメンタリー映画、「RM: Right People, Wrong Place」を観に行った。

BTSとしてアルバムを出すたび、それぞれの曲について、どのような想いや動機を持って作ったのかを話してくれるのを楽しみにしていて、毎回、その考えの深さに驚いたり感銘を受けたりしていたので、今回はそれを映像も含めて感じられるので、公開が決まってから、本当に楽しみにしていた。

これまで音楽を創るときは、単独で作業してきた彼が、今回はチームでの制作作業で、ナムジュン自身、どうなるのか予想がつかなかったと言っていた。強い個性が集まって、でもその個性たちが、いがみ合わずに同じ方向を向くと、こんなにも新しく面白いものが創れるんだということを見せてくれた。

そして、やはり、彼から出てくる言葉に、感銘を受けずにいられない。自分の気持ちを正確に言葉にすることは、いつも難しい。相手の受け取り方次第では、誤解されることもある。それくらいなら、いっそ何も言わない方がいいと、向き合うことから逃げてしまうこともある。でも、ナムジュンは、誤解されることを恐れずに、世の中とちゃんと向き合い、想いを言葉にする。そしてその一つ一つが丁寧で、重みがあるのに分かりやすい。

彼を見るたび思い浮かぶのは、NHK大河ドラマ独眼竜政宗」で梵天丸が発した「梵天丸もかくありたい」という言葉。キム・ナムジュンという人間を知れば知るほど、私もこのようにありたいと思う気持ちが強くなる。

兵役に行ってて、露出が少ないなか、久しぶりにナムジュンを堪能できて幸せだった。

カン・ギヨンとイケメン力(りょく)

ラブ・ソリューションで主演を演じたカン・ギヨン。

これまで、安定した演技力で、名脇役として 数々のドラマを支えてきた彼が、ラブロマンスの主演を務めることになったと知り、ずっと観るタイミングを伺っていた。どんな役も、個性を出しながらも、彼自身が役を超えて主張することはなく、彼が脇を固めているときは、ワクワク感と安心感と併せ、ドラマを観る期待感が高まる、私にとっては、そんな存在である。

この人がラブコメの主役を演じたら、どんなイケメン力を発揮してくれるのだろうかと、ずっと思っていた。

イケてる人は、イケメン力を発揮する。私の考えるイケメン力とは、性別や外見に関係なく、その仕草や態度に現れると思っている。どんなにルックスが良くても、上辺だけの優しさや気遣いができるフリでは、イケメン力は感じない。言葉は悪いかもしれないけれど、一見冴えない見た目でも、内に持ってる優しさや強さ、他人を思いやれる気持ちが自然と外に現れたとき、イケメンだなと感じる気がする。

もちろん、演者を観る視聴者の立場としては、ドラマや映画など、画面の向こうの世界に住む人たちが、実際はどういう人なのかは分からない。そんな視聴者を納得させるイケメン力は、演者に確かな演技力がなければ発揮できないと私は思う。そういう意味でカン・ギヨンには、これまでの経験に裏打ちされた演技力がある。製作者の方々には申し訳ないが、コミカルな役が多く、何でも冗談にしてしまうイメージが強いカン・ギヨンが、このドラマで、ラブコメ視聴者が求めるトキメク気持ちやドキドキをどう与えてくれるのか、ドラマ自体の内容よりも楽しみだった。

ドラマの内容は、離婚解決士という面白いテーマで、復讐や嫉妬などドロドロしたところもありながら、毎回、痛快なソリューションで解決していくという興味深いもので、見終わった後はスッキリした気持ちになった。

そして、元カノであり、色々な問題を抱えながらも会社の代表として問題に立ち向かう女性主人公を守るカン・ギヨンに、確かなイケメン力を感じた。主役としての存在感も然ることながら、視線の奥や態度に相手を思う気持ちが滲み出ていて、しっかりドキドキさせてくれて、こんな人からこんな風に想われたら幸せだろうなと思わせてくれる、素敵な姿をみせてくれた。1人の人間としても、きっと素敵な人だろうなと思う。

今後、どんな姿をみせてくれるのか、また楽しみが増えた。

「青春18×2 君へと続く道」

懐かしさと新鮮さを併せ持つ映画だった。

見終わってから少しの間、頭の中から騒々しさが消えて、久々に、とてもクリアな状態だった気がする。最近は大概のことに受け身で、常に流れ込んでくる情報が頭にも心にも溢れていて、自分で考えるということが少なくなってるように思う。そんななか、久しぶりに雑念が消えて、自分を見つめ直したくなった。 映画を観るということは、本来受動的なことだけれど、心が能動的に動いた証拠ではないだろうか。

 独りで観にいったことで、すぐ隣りに全然知らない人が座っていることや、前方から聞こえる寝息のような音とか、近くでポップコーンをバリバリ食べたり飲み物を啜る音が気になって、最初は落ち着かない気持ちだった。でも、いつのまにか、そんなことが一切気にならないくらい映画に没頭していた。 少しの物音がしても気がつくような、とても静かな映画だったけれど、その静けさの中に、周りの雑音を消し去る力強さがあった。

主演の、ジミー役のシュー・グァンハン、アミ役の清原果耶、2人の演技もステキだった。

現在33歳のシュー・グァンハン。今回は、18歳と36歳を見事に演じ分けたと思う。18歳の役では、大人になる手前の初々しい青年を違和感なく演じ、36歳の役のときは、静かにオーラを放つ、大人の男を観せてくれた。

清原果耶も、明るい清々しさを纏いながら、決して軽くない演技で、彼女ならではの、アミという魅力溢れる女性を観せてくれた。

その他、アミが描く絵や、思い出の香りなど、様々なものたちが物語をより引き立たせ、独特の世界に連れて行ってくれた。こんな気持ちを味わわせてくれた、この映画に関わる全ての人に感謝したい。

終盤、堪えきれず溢れた涙に、心まで洗われてしまった。

藤井道人監督、恐るべし。。。

家族の名において

友人の勧めで、中国ドラマ、「家族の名において」を観た。

血の繋がらない3人の兄弟(長男、次男、長女)と父親2人の5人家族が、寄り添い合って生きていく話し…というと、あまりに在り来りに聞こえるけれど、まさにその表現がピッタリの温かい物語だった。

長女役のタン・ソンユンは、奔放かつ自由でありながら1本筋が通っていて、正義感と優しさを兼ね備えている娘の役を確かな演技力でこなし、長男役の ソン・ウェイロンは、背の高さを含め、それだけで視聴者に満足してもらえそうなルックスを持ちながら、誤魔化すことない繊細な演技力で、葛藤を抱えながらも揺るがない恋心を貫く1人の男をしっかりと演じ、 チャン・シンチョンも、凛々しい表情に感情を隠し、受けた恩に報いようと必死に生きる次男の役を違和感を抱かせず、見事に演じている。

また、 子役の3人も、荒削りながら心に響く演技で、各々が与えられた役を自然に演じていて、彼らの出番が多い最初の何話かくらいまでは、毎回、思わず込み上げてくる感情が抑えきれず、泣いてしまうことが何度もあった。

そんな中でも、今回のドラマの核となるのは、 トゥー・ソンイエン演じる長女の父親の存在。

シャイで穏やかな人柄の中に、どんな人でも受け入れる器の大きさがあり、そのうえ、大切な人を守るために自分が傷つくことを厭わない強さと優しさを持つ父親の役を、演技と思えない自然体で演じている。

ごちゃごちゃ言うより、言いたいことは、ただ格好良いということ。味があって、渋くて、大人の男の色気がある。言い方は悪いかもしれないけれど、主人公でも若者でもないのに、いちばん魅力を放っていて、出てくる度に、ホッとしたり、ときめいたり、彼の出番が来るのが本当に楽しみだった。

同じドラマでも、観る年代や置かれている状況で見方は異なるし、面白い、面白くないは個人の主観なので、絶対に面白いから観て欲しいとは言わないけれど、私にとっては、いつしか無くした大事なものを思い出させてくれる、心に染みるドラマだった。

お勧めしてくれた友人に感謝したいと思う。

映画「シークレット・ミッション」の裏話

日韓交流イベントに参加した。

韓国映画監督のチャン・チョルス(장 철수)氏も参加されて、映画鑑賞とトークイベントがあった。同監督が撮ったシークレット・ミッションは、ゆるやかに始まり、だんだんスピードをあげていき、最後は足の代わりに心が震える、ジェットコースターのような映画だった。

この映画を撮ったきっかけは、主役であるキム・スヒョン側からオファーがあったことや、脇役として登場するチェ・ウシクは監督自身がキャスティングし、デビュー作だったのでとても緊張していたことなど話してくれた。また、冬の寒い中の撮影だったので、俳優さんたちが、暑いお湯に浸かりながら寒さを凌いだことなど、いろいろな裏話を聞けて面白かった。

トークイベントのなかで、どんな監督を目指しているかを問われたとき、彼が師事したキム・ギドク監督は、明るさの中に暗さを取り入れるタイプの監督だったけど、自分は暗い世界の中に一筋の光があるような作品を創る監督でありたいという内容の話しをされていた。(あくまでも私の受け取り方ということをご了承願いたい。)

シークレット・ミッションは、正に、その思いが現れている映画だったと思う。それぞれの国や人に立場があって、良い悪いは一概に言えない。自分にとっての正義が、相手にとっては逆で有り得る世界で、敢えて同じものを探すなら、誰かを大切に想う気持ちではないだろうか。安易には選択できない未来と、抗うことの出来ない状況のなかで、駄目だと分かっていながら知らずに芽生えた感情と、抑えようとしても勝手に動く気持ちに、必死に向き合う姿に、心を動かされ、気がついたら涙が溢れていた。

エンディングは各々が感じたままに捉えて欲しいとのことなので、是非この映画を観て、各々のエンディングを思い描いて欲しいと思う。

済州島(1)とチ・チャンウク

行ったことがある場所がドラマに出てくると、それだけでも親しみが湧いてくる。

「サムダルリへようこそ」は、主演が、面白いこと間違いなしのチ・チャンウクとシン・ヘソンだということに加え、昨年訪れた済州島が舞台ということもあり、観るべくして観たドラマだった。

済州島で約1週間お世話になった韓国人の友人の両親の家の近くに、ロケ地としてよく使われる、海の中にいくつもの風車が建っている場所がある。今回のドラマでも頻繁に出てきたので、毎回懐かしい気持ちになったし、チ・チャンウクやシン・ヘソンがそこを通るシーンでは、思わずでテレビ画面を写真に撮ってしまうほどだった。私が行ったとき、ちょうど海にゴミを捨てないでという活動をしている方たちがいて、交流できたことも思い出のひとつになっている。

今回のドラマで、チ・チャンウクは、気象予報士という役だった。よく考えると、彼には、イケメン俳優にありがちな、御曹司やイケメンツンデレ上司という役が思い当たらない。平凡というと弊害があるかもしれないが、一般市民として日常を懸命に生きる役が多い気がする。

昨今はイケメンという言葉を簡単に使いすぎている気もするが、敢えて言うくらい、彼はかなりのイケメンであると思う。一般的に、イケメン俳優というだけで、注目度が高く、視聴者の期待値や求められるハードルが高い。また、見た目のイメージが強いと、本人の存在を払拭できない場合は、ドラマの役柄として素直に入ってこないことがある。

その点、チ・チャンウクには、演技に、視聴者を納得させる、イケメンという概念を超えた説得力がある。今回のドラマでも、人間味溢れる演技で、ドラマの世界に引き込んでくれた。あの、少し憂いを含んだような表情と、包み込むような温かい笑顔には、気が付かないうちに、人を魅了する力がある。

イ・ドンウクに落ちた理由

誰かに落ちた時の症状は、相手が恋愛対象でも、俳優やアイドルでも、同じではないだろうか。どちらも、昨日まで、いや、ともすれば、ついさっきまで何とも思っていなかった人が、急に気になりだして、その人のことばかり考えてしまうようになる。

今は最推しの存在となったイ・ドンウクも、始めから推していたわけではない。

最初に知ったきっかけはトッケビというドラマで、死神役として登場し、「人間離れした雰囲気をもつ人だな」「死神役にピッタリだな」と思った覚えはあるけど、それ以上ではなかった。

その後、韓国語に興味を持ち始め、ルームメイト2というバラエティ番組を観たときに、落ちてしまった。その沼に。堂々としていながら偉そうというわけではなく、親切なのに媚びているわけでもなく、常に自然体で、かつ、さりげない気遣いが垣間見えて、こんな人になりたいと思ったのがファンになったきっかけだった。

画面のこちら側にいる身としては、究極、良い演技を見せてもらえば、演じ手が本当はどんな人かどうかは、ベールに包まれたままでも構わない。それでも、良い人だったら嬉しいし、言うことはない。もちろん、ルームメイト2も、リアリティ番組とは言いながら、テレビに映る仕事だから、もしかしたら全て演技の可能性もあるけれど、それでも、落ちてしまったものはしょうがない。

それから、イ・ドンウクが出ているドラマや映画などを探して見るようになった。好きになる前と後では、作品を観るときの熱量も変わるから不思議だ。「真心が届く」では、イ・ユンナとのケミも最高で、既婚の身ではリアルで味わうことのないドキドキやトキメキをたくさん感じさせてくれたドラマだった。

そして、PRODUCE X 101で、国民プロデューサー代表として出演したときに、さらにファンになってしまった。まず、年齢不詳なビジュアルから溢れ出る大人の魅力に、これまで以上に心を奪われた。服装、歩き方、表情管理、姿勢、態度、どれをとっても、自然体なのに完璧で、文句のつけようがない。加えて、発言する際も、相手を傷つけないよう、言葉や言い方に配慮しながら、言うべきことや思ったことは、はっきりと伝える姿勢を見て、ああ、ステキだな、やっぱりこの人のようになりたいと、改めて思った。

韓国の俳優さんは、どの俳優さんも演技力や意識が高く、ドラマを観るたび推しが増えて忙しいけれど、1番好きな俳優さんはと聞かれたら、躊躇なくイ・ドンウクと即答する自信がある。まだ1話しか観ていなくて、全容が掴めない状況だけれど、ディズニーチャンネルで配信中の「殺し屋たちの店」で、どんな新しい一面を観せてくれるのか、楽しみにしているところだ。